FC2ブログ
山ある記
ボチボチと山に登って、ボチボチとRUNを楽しんでます!
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

~7.愛宕山/三角点~月輪寺**山ある記!
お待たせ!いたしました。ただ今より第7回「山ある記」を始めます。
今回の旅のメンバーは、I 氏(大)と2名で行い、”アノ I氏(小)”は山は山でも実は、”自己所有”か”一族”か分からないですが、もちものの山を・・・とにかく「山の手入れ」のため今回はお休みです!!
やはり、I氏(小)は只者ではなかった。


11/14(水)気温 18.6度(最低6.8度)(晴れ後曇り)

<コースタイム>
愛宕山駐車場09:58  → 表参道から登り10:00 → 三合目休息所10:42 → 五合目休息所11:09 → 
七合目休息所11:30 → 水尾わかれ休息所(保津峡分岐)11:45 →黒門(12:08) → 
愛宕神社(本殿)12:30 → 三角点13:02(ランチタイム) → 月輪寺道分岐14:13 → 月輪寺到着14:50 → 
月輪寺への取付15:32 →清滝・愛宕駐車場16:02




071114-0958.jpg
071114-0958a.jpg・【09:58】清滝バス停から少し奥に入ったところにある、金鈴橋の横にある駐車場からスタート!実はこの駐車場に着たかったのですが、行きしなに痛恨の”あー勘違いを”2人ともしてしまた。先に高雄に行ってしまい大幅に時間ロスをしてしまった!まあ、気にせず行こう!と思っていたら、I氏(大)は既に、橋を渡ってスタートしていた!かれは今日は相当テンションあがっていて、調子がイイようだ! 多分、厳しい旅になると思いますが、頑張ろう(^_^)/



071114-0959a.jpg
071114-0959.jpg・【09:59】橋を渡りこの案内板左に進路をとり、参詣表登山道(4キロ)へ進む。ここにトレイル北山94の標識もあった。いよいよ出発だ!




071114-1000.jpg
071114-1000a.jpg・【10:00】この鳥居をくぐってスタートだ!なんでもこの鳥居は”ニの鳥居”らしく、ここからもう少し下にいったところにある、鮎の茶屋として知られる平野屋さんの前にある立派な鳥居が”一の鳥居”らしいデスね!その平野屋さんから愛宕神社のある山頂までが50丁だそうです。


【愛宕山(あたごさん・あたごやま)】
京都市北西部、上嵯峨の北部にある標高924メートルの山。
古来、山城と丹波との国境に位置し、都にあって最初に朝日をうけることから朝日峰
(あさひがみね)とも称された。
山頂からは京都市街地を始め比叡山(848m)や比良山系などの眺望もすばらしい。
また、山頂の気温は市街地に比べ約10度低いため、春には桜が約1ヶ月遅れで開花する。
京都市最高峰の霊山であり、山頂には愛宕神社が鎮座する。



071114-1003a.jpg
071114-1003.jpg・【10:03】先行してスタートしたI氏(大)の様子が少し変だ!その理由は、すぐにわかった!それは、思っていたよりも、いきなり厳しい上り坂のせいだった!すぐにイキが上がり、この季節なのにおお汗が流れてきた!「なんじゃこりゃ、コレが愛宕か」とI氏(大)の怒りのひと言が聞こえてきた!今日はなんか荒れそうな感じだ(*^_^*)そうそう看板のように「ゆっくり歩こう」のほうがよさそうだ。しかし1/40か!長い旅だ!



071114-1008.jpg・【10:08】まだ出発してわずかだが、相当足にきて、イキが乱れてきた!長い階段の前でI氏(大)が見上げていた。山に怒っているのか?ここに来た事を怒っているにか?少し怖い!今日は、前に出すぎず、控えめに着いていく方が良さそうだ!




071114-1011.jpg
071114-1011a.jpg・【10:11】ここは”火燧権現跡(ひうちごんげんあと)というところらしい。昔、京洛に火事が起これば同時に鳴動する社があったそうで、山頂の愛宕神社と同様に火の神様を祭っているらしい。



071114-1016.jpg
071114-1021.jpg・【10:21】壷割り坂(十八丁目)を過ぎ、登り坂もあいかわらず急で、休憩場がない!たまらずスペースを見つけて一息だ!「あたごさん参り」かなんか軽いノリでOKだ!こんなことが頭にあったI氏(大)にとって、予想外の展開だ!この苦しさが、I氏(大)の本能を目覚めさしてしまったかも!ウィダーのエネルギーで俄然元気になったI氏(大)さぁ出発だ!



071114-1041.jpg
071114-1042.jpg
071114-1042a.jpg

・【10:41】 前半やや苦戦していたI氏(大)がウィダーのおかげでパワーアップした!スゴイ今までと全然動きが違う!なんとなくほっとした。
そこにベテランらしいい方がゴミ拾いをしながら、息も切らさずゆうゆうと登ってこられた。
「愛宕は初めてですか?」と声をかけられた。「3合目までは少しきついけどマイペースで登る事」、「5合目に着けば、丁度時間的にも丁度半分ですよ」「七合目からの展望は素晴らしい」などいろいろとアドバイスをいただいた。ありがたいお言葉でしたが、しんどすぎて余裕がなかった。そして我々を尻目に風の如くすーと登っていかれた。そんなこんなしていたらようやく、3合目の休息所が見えてきた。ここまで、こんなに厳しいとは思わなかった。でもI氏の”目は燃えていた”完全に心の奥に潜んでいた”山への熱い思い”が一気に噴出してきたようだ。


071114-1053.jpg
071114-1055.jpg・【10:53】ようやく”愛宕”にも慣れてきたのか、まわりの景色が目に入るようになってきた。山は綺麗なところだ。まだ紅葉は色づきはじめという感じですね。こんな急な階段の坂がしばらく続いているがとりあえず、次は5合目だ!




071114-1109.jpg
071114-1109a.jpg
071114-1110.jpg

・【11:10】3合目の休息所から約30分かけて5合目にようやく到着だ!またここは30丁目にあたるらしい。3合目を過ぎてから、I氏(大)も「愛宕が少し好きになりかけてきた」とつぶやいた。ここまでの登りが充実していたようだ。ここでドリンクを一気に流し込んで少し一服だ!あまり周りの人たちはカットに入っていませんが、ひっきりなしに人々は往来しています。しかし、愛宕はスゴイ!老若男女!全ての人たちに愛されているんですね!



071114-1112a.jpg
071114-1113.jpg・【11:13】5合目を出てすぐに大杉大神が現れた。大杉大神まで来ると急に道は平坦となりほっとする。ここには朽ちた大杉にしめ縄が巻かれ祀られた巨木があった。この辺りから南斜面を緩やかに横断するようになり、立派な杉並木が続く比較的緩やかな良い道が続き、またここから展望が開けていました。

この愛宕さんは古くから『伊勢へ七度 熊野へ三度 愛宕さんへは月参り』と言われ、京都の人々の信仰を集めてきた愛宕山は、京都盆地の西北に位置しており、市内では一番高く、東北にある比叡山と共に京都を代表する山だ。
頂上にある愛宕神社は、全国に小社まで合わせると1500社ほどあるとされる愛宕神社の総本山で、火難除けの神様として良く知られている。
火を扱う商売をしている家では授かってきた「樒(しきみ)」を竈にお祀りしたり、一般家庭でも、「火迺要慎」のお札を台所に貼って火事に遭わないように祈る習慣があるようです。




071114-1120.jpg
071114-1121.jpg・【11:20】I氏(大)のペースが上がってきた。今日はいつもと何か気迫が違う!何かを胸に秘めているようだ。実は今日のために、1週間前に2人で、~上醍醐*東の覗き~(山ある記第4章)と同じコースへ旅をしていたのだ!最高のコンディション作りのために・・・だから今日にかける思いは人一倍強いのだ!
さあもうすぐ、7合目に着くはずだ!I氏(大)に遅れないように”そっと”着いていこう!



071114-1129a.jpg
071114-1130a.jpg
071114-1131.jpg

・【11:30】ついに7合目に到着だ!ペースの上がっていたI氏(大)ご覧のとおり既に京都市内の絶景を眺めていた!なんと渋いI氏(大)の背中に”哀愁を感じてしまった!ここ7合目にはアイゼンの装着についていろいろかいてあった。降雪期にはこの辺りから必要なんでしょうね!。ここから神社まで40分と書いてある。あせらず、ゆっくりと行くとするか!残り頑張ろう!
ここまで登り初めて、約1時間半か。多分スローペースなんでしょうね!



【千日詣(せんにちまいり)】
 正式には千日通夜祭(せんにちつうやさい)と云う。7月31日夜から8月1日早朝にかけて
参拝すると千日分の火伏・防火の御利益があると云われ、毎年数万人の参拝者で境内参道は埋め尽くされるらしい。一度行ってみたいものだ。また当日、麓の清滝から山頂の愛宕神社までの約4kmの登山道(表参道)には明かりが翌朝まで点灯されているとのこと。
この1300年の歴史を持つ愛宕神社千日参りですが、よく小さな赤ちゃんを背負って登るが結構おられるらしいのですが、これは『三歳までに愛宕神社に参拝すれば、一生火難に遭わない』という言い伝えによるものようです!お父さんがんばって!!



071114-1138.jpg

・【11:38】ここ愛宕山(神社)の表参道には、このような”お地蔵さん”が暖かく見守っていてくれます。多分、1丁毎にあるような感じですね。有難うございます。





071114-1145a.jpg
071114-1145.jpg・【11:45】到着だ!「水尾のわかれ休息所」だ!7合目から15分だった。ここは、愛宕神社と保津峡との分岐だ!神社へは約30分、保津峡へは約110分との事。ここでは多くの方が休まれたり、行き来がされる方も多くあった!ここまでくれば、もう少しだ!山頂は近いぞとI氏(大)休憩時間も惜しいのか先を急ぐ様子だこの三叉路は、表参道を登ってきて、(右)への登りが山頂(神社)へ、(左)への下りが保津峡方面だ!



071114-1151.jpg
071114-1151a.jpg・【11:51】水尾わかれを出てすぐになにやら建物が見えてきた。「ハナ売り場」みたいだ。案内によれば、愛宕さんの火伏の神花樒売り場らしい!なんでも、水尾の女性が毎日ここに登ってきて、樒を売り、お参りした人たちは、火災を除く神符としてお土産だそうだ。近年まで水尾の女性は、樒を背負って水尾から愛宕神社まで登って、神前に供えてから販売したらしい!毎日樒の葉を一枚づつ、オクドさん(竈)にくべると火事にならないといわれ、竈がなくなった今でも多くの人たちが買いも求めるらしい! I氏(大)はそんなことを気にせずどんどんペースが上がって、しかし元気だ!たぶん、愛宕さんを好きになったんでしょうね




071114-1200.jpg
071114-1202.jpg・【12:02】快適な登り坂を快調に飛ばしていたI氏(大)が急にペースダウンだ。どうしたんだ!「腹が減った」と聞こえた!しかし口調がなんか怖い感じだでもすぐに立ち直ったようだ!また元気を取り戻したI氏(大)、ゴール近いはずだ!



071114-1207.jpg
071114-1208.jpg・【12:08】前方に立派な”門”が見えてきた。神社に到着か?ここは「黒門」というらしい。案内によると京口惣門と呼ばれた白雲寺の京都側の惣門だそうだ。そのほか・・・○△■×・・・などなどいろと書いてあった。ちなみに京口に対して丹波口の門もあったそうだが、今は廃村が残っているだけだそうです。



071114-1211.jpg
071114-1212.jpg・【12:12】ついに到着か?40/40のこの標識があり、このおかげで頑張れた愛宕神社の境内に入ってきた。I氏(大)はよく頑張った。I氏(大)が何かを探している!!「売店やそば屋か何かないのかな~」と、実は私もそんなイメージがあった。愛宕さんはお土産屋さんがたくさんあり、にぎやかな雰囲気だろうと想像していた。現実は、全くちがった本物のいや本気の「山」でした。ひと気があまりないなーと思っていたら、テレビ局だろうか?撮影部隊がいたり、たくさんのハイカーが昼食をされていた。



071114-1216.jpg
071114-1218.jpg・【12:18】愛宕山の案内図があり、とりあえず位置の確認を行った。境内にはこのように休憩場がたくさんあり、賑やかな雰囲気でした。





071114-1220.jpg
071114-1225.jpg・【12:25】ついに現れたか!愛宕神社の最後の階段が、200数十段あるはずだ。皆さんこの急な階段を登られている。突然I氏(大)が走り出した。この急な階段を走って登り出した。どうしたんだ?なぜ、そこまで自分を追い込むのか?あっという間に見えなくなった。すごいパワーだ。


【愛宕神社】
所在地 京都府京都市右京区嵯峨愛宕町1
位置 北緯35度03分36秒
東経135度38分03秒
・創建について、延喜式神名帳に丹波国桑田郡に阿多古神社が載っている。貞観六年(864)『三代実録』には「従丹波国正六位上愛当護神従五位下」との神階授与の記事があり、元慶四年(880)「授丹波国阿当護山無位雷神。破無神、並従五位下」という資料があった。この間に「山」に遷座したらしい。非常に難しい!?
 丹後国の愛宕神社であるが、亀岡市千歳町国分南山に元愛宕と呼ばれる愛宕神社が鎮座、ここから山頂へ遷座をしていったとの伝承がある。一方、愛宕山頂はかっては丹後国であったが平安時代に変更になったらしい。色々と歴史があるのですね
愛宕神社は、大宝年間(701~704)に役小角(えんのおずぬ)が開いた山岳修験道の霊場で、修験道七高山の一つとして数えられていました。
平安遷都後の天応元年(781)、王城の西北を守る王城鎮護の神と位置づけられ、平安初期に従五位下を賜っています。
 かつては山全体を「白雲寺」と称する修験道の道場で、明治維新に行われた神仏分離令により愛宕神社と改称されたことは余り知られていません。そういえば、「黒門」の看板にもいろいろと白雲寺がどうのこうのと書いてあったなぁ。
白雲寺の頃の本尊としては将軍地蔵が祀られていましたが、祭神が将軍地蔵ではあきたらぬ修験者は、「愛宕山は愛宕太郎坊天狗の棲む山」と言い伝え、愛宕山北麓 の丹波桑田郡にあった愛当護神と結びつけ、火伏の神として鎮火符を配布するなどして、人々に信仰を広めたといわれます。
なお、明治維新による神仏分離令で将軍地蔵は近くの金蔵寺(西京区)へ移され、愛宕太郎坊天狗の尊蔵は行方知れずとなりました。いったいどうなったのでしょうか?





071114-1226.jpg
071114-1227.jpg
・【12:27】愛宕神社に到着だ!また愛宕山登頂だ924m(だったかな?)スーパーダッシュで駆け上がっていったI氏(大)は階段上で待っていてくれた。今回はI氏(大)のこの頑張りで途中でくじけそうになった私を引っ張っていってくれた。感謝!感謝!ありがとう!さあ、さらに上にある社務所に行き、「お札」を買いに行こう!



071114-1229.jpg071114-1234.jpg071114-1237.jpg

・【12:37】「お札ください!」本殿に到着し早速3枚購入した。朝にいつも行くコンビニのオーナーに「愛宕さん行くなら、お札2枚買ってきて」と頼まれていた。この奥でお参りをしてきた。この佇まい。愛宕さんはやっぱりスゴイと改めて感じた!I氏(大)もお札を購入し、神妙な雰囲気でお参りしていた。なんか、心静まり、清められたかな。愛宕さんには、1000回以上登れば記念碑を立てていただけるらしい。(いくら掛かるかは知りませんが・・・?)行くのを忘れていたが多分この奥の何処かにあったのでしょううね!なんでも、3500回参詣記念碑があるらしい。信じられませんね次回には必ずチェックします!「早く、早く!」と聞こえてきた!I氏(大)の空腹が限界に来たようだ!急いでランチタイムだ!



071114-1240.jpg・【12:40】急いで頑張って登ってきた階段を下りた。「よっしここでランチにしよう」とI氏(大)が言った!もう限界早く食べようと、チョット殺気だってきた。しかし何とかして、三角点に行きたかったので、I氏(大)に伝えると、・・こんな状況になってしまった。どうしても三角点に行きたかったので何とか説得し、出発したが、三角点がどこにあるか分からなかった!どうしても行きたいのは、何かが呼んでいるような気がしてならない!今回はゴリ押しで強行だ!



071114-1246.jpg
071114-1250.jpg・【12:50】少し秋らしくなってきた展望を見ながら、どこにあるか分からない三角点に向かっていた(とりあえずこちらの方向だと思うので・・・)。お地蔵さんが仲良く並んでいる”地蔵辻に到着。ここは、真っ直ぐ(北)竜ヶ岳方面/右(東)首無し地蔵・梨木大神方面への分岐だ!しかし困った三角点の案内が無い!I氏(大)の機嫌が心配だ!
どうしたもんかと困っていると、ベテランハイカーらしき2人の女性が通りかかった。すかさず「すみません。三角点はどちらですか?」と訪ねるとこれから行くとこですよ!心強い返事が・・「ヤッター」しばらくすすんで右巻きに進路をとって「アノ上ですよ」と案内していただいた。なんとか助かった。2人組のまさしく”天使の案内人”に助けていただいた。しかしこのお二人は、我々よりはるかにベテランなのに歩くのが早し、よくしゃべりお元気だ!




071114-1302.jpg
071114-1302b.jpg・【13:02】三角点についた。やっと到着だ!狭い丘の上にあったこのような三角点!890.06mだそうだ!
案内いただいた"天使お二人様”有難うございました。楽しそうにしゃべりながら、そんなトコ道か?というようなブッシュの中をどんどん入っていった。そばにおられた、女性のハイカーが「そんなところいけるのですか?」と声をかけられたら「昔に来た時たしか○・×・◇・・・」といいながら風の如く消えていかれた。頼もしいお二人だった。



071114-1355.jpg
071114-1354.jpg・【13:10】三角点のある小高い丘からの眺めは最高だ!下には広くベンチのある休憩場があった。I氏(大)がくつろいでいた。そこから見上げると、三角点の丘がみえる。なんやかんやで無事到着だ!お疲れ様でした。なかなか厳しい旅だった!到着した時に複数のハイカーおられ「こんにちは」といつもの挨拶をかわし、次々と旅立たれていかれ、お一人の女性がのんびりされていた。身なりのしっかりされた素敵な女性だった。少し気にしながら「とりあえずメシだ」とI氏(大)がいつものバーナーを取り出し、お湯をわかしはじめた。しかしここはいいところだ!”山は素晴らしい”ここからの眺めもいうことない。比叡山、大文字山、稲荷山、音羽山、醍醐山などなどまた、御所もはっきりと見え感激だ!




071114-1332.jpg
071114-1343.jpg・【13:32】瞬く間にお湯がわき、定番のカップヌードルへお湯をそそぎ、待ちきれずフライングぎみに「頂きまーす」っといっきにがっついた。とにかくI氏(大)に勢いがすごい!なんせ1時間半まえから、「腹減った、腹減った、ここで食べよう・・・」といいところでランチにありつけ良かった、よかった。
念願のI氏(大)の入れてくれた「coffee」で乾杯だ!この一杯が実に旨い。頑張った甲斐があった。しかし、気になるのだ!さっきの女性が・・・。なんでこんなに素敵な人が一人で?、優雅にBEERを飲んでいるのか!山のベテランらしい感じなので、とりあえず帰り道が不安だったので、ルートを訊ねてみた。実にこの辺りの山のこと、山全般の事に詳しく、比良山系や色々なところを相当登られている雰囲気だった!特にこの先の”竜ヶ岳”もいいとこですよと教えていただいた。
月に一度は自分の目標としてこの愛宕さん辺りを登られているとの事だ。I氏(大)はたいそう気に入った様子だった。有難うございました。大変参考になりました。そうこうしているうちにその女性も「月輪寺道」から下山するとのことでカッコよく旅だたれていかれました。
しかし、相当美人で何か「大きなオーラ」がでていて、一体何者だったのでしょうね!それともこれは、たぶん”夢”だったのかかもしれませんね!でもI氏(大)は「あれはたぶん”MICHIKO”だ」とつぶやいた。”MICHIKO”だと・・・?誰?のことなんでしょう?
偶然にも、三角点へ迷っている時にお二人に助けられ、ここに導かれた!不思議なめぐり合わせですね!我々もそろそろ帰り支度をするか!しかしこの絶景をもう少し眺めていた!ブラボー!



071114-1413a.jpg
071114-1413.jpg・【14:13】いよいよ出発だ!少し下って、地蔵辻に戻ろうしていると「すみません、三角点はどこですか?」と訊ねられた。お陰様で自信持って答えられた。人助けが出来よかった。ありがとう!神社方面に少し戻った途中に、月輪寺への分岐があった。ここから約30分ほどで月輪寺に着くはずだ。
清滝へは90分と書いてある。しかし厳しそうな下り道だ!先ほどの女性もここから下りたのかな?I氏(大)は凄く元気になり、どんどん進んでいってしまった!



071114-1416.jpg
071114-1421.jpg・【14:21】このルートの出だしは大きな岩がたくさんあった。岩がごろごろして結構下りも急で手ごわそうなルートだ!分岐点から、10分ほど歩くと”大杉谷への分岐に出合った!途中で若いカップルが登って来られ、「もうすぐですか?」と訊ねられた。しかし軽装のカップルでこの時間に登って来られ、下りは時間的にも大丈夫なんだろうか少し心配ですね!我々は今回は大杉谷にはいかずこのまま!月輪寺に向かって下りていった。



071114-1422.jpg
071114-1431.jpg・【14:31】なかなか厳しい下り道が続きますが、I氏(大)は絶好調みたいだ!しかし、ふと気がついたのですが、「物音一つしないのです」不思議な感じです。風の音、木々の音、鳥の音、空の音、人々の音が何一つ聞こえてこないのです。聞こえるのは、我々の吐息と踏みしめる足音だけ!こんな所もあるんだなーと考えながら先を急いだ!



071114-1449.jpg
071114-1451.jpg
071114-1450.jpg

・【14:50】ようやく月輪寺に到着だ!ケーブル(荷揚げようか?)のようなものがあり、「法然上人二十五番霊場 第十八番札所 月輪寺」にやって来た。ここには月輪寺参拝 愛宕山登山3000回記念碑があった。スゴイ!!

【月輪寺(がつりんじ、つきのわでら)】
京都市右京区嵯峨清滝月ノ輪町にある天台宗の寺院。山号は鎌倉山(かまくらやま、けんそうざん)。本尊は阿弥陀如来。開基(創立者)は泰澄と伝えられているらしい。
京都盆地の西にそびえる愛宕山(924m)の東方の深い山中に位置する山岳寺院である。愛宕神社(愛宕山山頂に位置する)との関係が深く、また空也、法然、九条兼実などのゆかりの寺として知られる。境内には親鸞の手植えと伝える時雨桜があり、シャクナゲの名所としても知られる。
拝観時間:9:00~16:00・境内自由
宝物館・大人・高校500・中学300・小学200・車椅子拝観不可
注意:冬季は雪のためにアイゼンが必要
〒616-8456 京都市右京区嵯峨清滝月輪町7 
TEL075-871-1376


そういえば、愛宕山には、以前ケーブルカーがあったと聞くが、その名残りだったのだろうか?何処かのルートには廃道、トンネル、ケーブル跡があるらしい。今度探して見よう。

昭和4年(1929年)から昭和19年(1944年)にかけては、京福電気鉄道嵐山本線の嵐山駅から神社の近くまでの参詣路線として、愛宕山鉄道の平坦線(普通鉄道)と鋼索線(鋼索鉄道)連携して延びてきていた。
愛宕山にはホテルや山上遊園、スキー場(神社の裏に設けられた。意外にも雪質が良くスキーヤーに好評であったという)まで設けられて比叡山同様の山上リゾート地となっていたが、戦時体制下でこれらは撤去された。
戦後は再び信仰の山に戻り、ケーブルカーや山上施設が復活することはなかった。このため愛宕神社の参詣は現在は、山麓の清滝や水尾から徒歩での登山が唯一の方法である



071114-1514.jpg
071114-1514a.jpg
071114-1514b.jpg

・【15:14】月輪寺を出ても厳しい下りが待っていた。ようやく鳥の鳴き声や遠くに沢の流れの音が聞こえてきた感じだ!こんな所にもお地蔵さんあった。いい休憩場だ!I氏(大)”MICHIKO”の面影を追いながらここまで頑張っているのだろうか?ここは月輪寺と麓の空也の滝との中間点らしい!またここから清滝まで55分とかいてあった。(まだそんなにあるのかというかんじですね)しかし、月輪寺の取付けと清滝への分岐はそんなに遠くないはずだ!もう少しだ。頑張ろう!(下りで足の指先が少し痛くなってきた



071114-1532a.jpg
071114-1532.jpg・【15:32】月輪寺への取付きに到着した。ここへ来るまでに、その他へのルートへの分岐もあり次回に残しておく事に・・・。空也の滝も近くにありそうだが(音は聞こえているが)今回はパスだ。この川沿いの舗装路に出て、清滝までまだ30分以上かかりそう!I氏(大)もほっとした様子だ!とにかく今回は特に頑張った!思っていたよりは、すこしハードであったがそれ以上の良さがあった。コレが「愛宕」なんだ。少しわかったような気がします。充実感一杯のI氏(大)ここまでくれば、旅の苦労も”(笑)話だ!しかし”MICHIKO”の事が気になるらしい。



071114-1550.jpg
071114-1550a.jpg
071114-1551.jpg

・【15:51】高雄への分岐点に到着だ!ここまでくればもう少しだ。この辺りには多くの方々が散策を楽しまれていた。高雄方面からは、「最後のこの坂キツイなぁー」と言いながらグループのおおくの人たちがやってきた。ここは、トレイル北山93地点だ。高雄へは約3km、清滝へは0.7kmだ。さあもうひと頑張りだ



071114-1602.jpg
071114-1602a.jpg・【16:02】なんとかスタート地点に戻って来られた。朝10時にスタートをして6時間の旅だった。今回もI氏(大)の頑張りに助けられた。前半3合目までの登りは本当に厳しく、愛宕が嫌いになりかけたが、でもやっぱり「愛宕さん」は素晴らしい。いいところだった。



071114-1611.jpg・【16:11】とりあえず休憩だ!ドリンクを一気に飲み、充実感一杯だ!靴を脱ぎ、何が入っているのか分からないぐらい重いリュックを降ろしたら、生き返った!だったが!1本だけすみませんが旨い!I氏(大)も今回、予想外の苦労したが充実感で一杯のはずだ!
本当に「山はいい所だ」愛宕さんが大好きになったようだ!今回の「山ある記」はだいぶんロングバージョンになってしまいましたが、それだけ良かったということですね!最後にI氏(大)と愛宕さんを振り返ってリベンジを誓った。「来月、また戻ってくる!今度は負けないぞ」とI氏(大)が力強くつぶやいた。今回は少し納得できない様だ!
なんやかんや言っても”山”は最高だ!今回はこれで無事、おしまいです!
次回の山ある記をお楽しみに!では・・・(^O^)/







スポンサーサイト


プロフィール

hayabusa☆2号

Author:hayabusa☆2号
FC2ブログへようこそ!



カテゴリー



フリーエリア

顔文字教室



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。